2007-11-30(Fri)

時の彼方に佇むひと

Old haunted farmhouse

街が眠りに沈む しずかな夜
かつて愛した人が 棲(す)んでいた この家
彼女はとうの昔に ここから去ってしまったけれど
家だけは いまも変わらず 残っている

男がひとり そこに佇(たたず)み 見上げている
その手を 深い苦悩をあらわすように ねじまげて…
その姿を眼にしたとき ぼくの心は震(ふる)え慄(おのの)いた

月影につかのま照らされたのは
誰あろう ぼく自身だったのだ
ぼくの分身 蒼(あお)ざめた男!

なぜきみは 
とうに過ぎ去った歳月に 
無数の夜をここで悶々(もんもん)と苦しみながら過ごした ぼくの悩みを
いまごろ なぞっているのだろう
                            ハインリッヒ・ハイネ「静夜」
                           シューベルトの歌曲「ドッペルゲンガー」より
                            (原詩はドイツ語)
                            訳詩©Luminas 2007


Still is the night, it quiets the streets down
In that window my love would appear
She's long since gone away from this town
But this house where she lived still remains here.
A man stands here too, staring up into space
And wrings his hands with the strength of his pain
It chills me, when I behold his pale face
For the moon shows me my own features again!
You spirit double, you specter with my face
Why do you mock my love-pain so
That tortured me here, here in this place
So many nights, so long ago?
                       Heinrich Heine “Still is the night"
                        English Translation by Leon Malinofsky
                        Adapted for music by Franz Schubert
                       Der Doppelgänger ("The Spirit Double")




この詩は心理学用語でいう<二重身=ドッペルゲンガー=離魂病>の状態をよく表しています
こうして とっくに過去をあきらめ 決別したつもりでも
わたしたちは往々にして 自分の一部を過去の時間のなかに取り残してきています
もうひとりの<私>は 相変わらず過去の時点に立ち尽くしているのです

そうして 繰り返し惜しんだり懐かしんだり怒ったり…決着しない過去を多く抱えるほど
わたしたちの本体は希薄になり <今ここ>をフルに生きることができません
なぜって 多くの分身とエネルギーを過去のあちこちに残してきたままだからです
あなたには どこか時の彼方で迷子になっている分身はありませんか?☆






2007-11-29(Thu)

言葉なき歌

Lake at sunset_or_sunrise 2

あれはとほいい(とおいい)(ところ)にあるのだけれど
おれは此処(ここ)で待つてゐなくてはならない
此処は空気もかすかで蒼(あお)
(ねぎ)の根のやうに 仄(ほの)かに淡(あは)

決して急いではならない
此処で十分待ってゐなければならない
処女(むすめ)の眼のやうに遥(はる)かを見遣(みや)つてはならない
たしかに此処で待つてゐればよい

それにしても あれはとほいい彼方(かなた)
夕陽にけぶつてゐた
号笛(フイトル)の音(ね)のやうに太くて繊弱だつた
けれどもその方へ駆け出してはならない
たしかに此処で待つてゐなければならない

さうすれば そのうち喘(あへ)ぎも平静に復し
たしかに あすこまでゆけるに違ひない
しかし あれは煙突の煙のやうに
とほくとほく いつまでも茜(あかね)の空にたなびいてゐた
                          
                            中原 中也 「在りし日の歌」より




永遠の真実に早く到達したくても 決して急いではいけないのでしょう
遠い彼方にあるその目標へ向かって
一気に駆け出すことも 彼方ばかりを見つめていることもいけないのでしょう
そんなことをすれば 息があがって 道程の半ばで精魂尽きてしまいます
(あえ)がず平静に <今ここ>をたしかに生きていれば いつかそこまで行けるのでしょう☆






2007-11-28(Wed)

闇の彼方で共鳴するもの

Vultures in a scary and spooky halloween scene

信じていなさい
痛みはおもまえだけのものではないと
おまえが<う>と呻(うめ)く時
真夜中の劇場の 楽器置場の片隅で
コントラバスが
<う>
ひくく呻いて 同じ苦痛の相槌(あいづち)を打ってよこすと

信じていなさい
おまえには名も無い多くの友がいると
おまえが<え?>問い返す時
遠い森のいっぽんいっぽんの木が
答えのかたちに枝を撓(たわ)ませ
葉隠(はごも)りの小鳥たちが
<え?>
同じ疑問を 一晩中ざわめきながら 悩んでくれていると


                             新川 和江 『母音』(抜粋)
                             「新川和江全詩集」(花神社,2000年)より




あなたの発するあらゆる想いは ただあなたひとりの胸の裡(うち)に拡がるだけではありません
人の思考や想いは 宇宙全体を鳴らしている無数の波動のひとつとして
わたしたちが思うよりも ずっと遠くまで届くのです
あなたの放った想いの周波数に 必ずどこかで共振している存在があるのです

悲しい周波数には 悲しいひとが
悪しき周波数には 悪しき思いを抱くひとが
無垢(むく)な願いの周波数には 同じ願いを抱くひとが…

宇宙はそれらのさまざまな周波数の音をすべて同時に鳴らしている
深い倍音(ばいおん)の森なのです☆





2007-11-27(Tue)

孤独の中で呼ぶものは…

BabyFootonHands

悩んだ決め方でも 微妙な決め方でも
君が初めて受け取ったもの
そうさ みんなの「名前」だろう

上がった生き方でも 下がった生き方でも
君が初めて受け取ったもの
そうさ みんなの「名前」だろう

誰もいないとこに 一人になったなら
愛をただ映す名前 呼べばいい

時間が限られても 居場所が離れてても
君が初めて受け取ったもの
そうさ みんなの「名前」だろう

誰もいないとこに 一人になったなら
まだ無い明日へ響く名前 呼べばいい

君が初めて受け取ったもの
そうさ みんなの最初の そうさ みんなの「名前」

                             Lyrics by 中村一義 『なのもとに』
                             「100s」Ozより 




あなたがこの世に生まれ出て 人として最初に贈られたものが あなたの名前です
希望や願いを託して 悩んだ末に決めたものでも
おざなりに あるいは 軽い気持ちでつけられたものでも
名づけた人のあなたへの想いや願いが ひとしくこもった響きです

事務手続き以外に 普段自分で口にすることは ほとんどないけれど 
地の果てに忘れ去られたような孤独のなかで
その名を唇にのぼらせたなら そのとき あなたは名づけてくれた人々につながるでしょう
響きそのものにこめられた あなたへの想いが あなたを繋(つな)ぎとめることでしょう
みんなのいるところへ☆





2007-11-26(Mon)

ときに激流のように

Old water wheel in autumn

わたしが かかえている闇(やみ)は深く大きい
億年の夜を合わせたよりも さらに長い
いずこから来て いずこへ流れてゆくのであろう
川があり 太古の犬が耳をそばだてている
父祖の咳(しわぶき)の聞こえる日がある
まだ生まれぬ未来の赤児(あかご)の泣き声のする日がある
母の そのまた母の繰り言
わらべ歌をうたいながら
川上の靄(もや)の中へ次第に遠ざかってゆくのは
幼い日の兄や妹 大勢のいとこたちだ

悲哀に凍り 歓(よろこ)びに泡立ち
激怒にふっとうする その流れを
柵にかこわれた水車小屋が
いっときも休むことなく 濾(こ)しつづけている

                             新川 和江 『血管』人体詩抄より
                             「新川和江全詩集」(花神社,2000年)




どんなに否定しても わたしたちが父祖から受け継いだ血の中には
家系の歴史や特定の傾向 悪しきものも善きものも 色濃く淀んでいます
そして はるかな太古の昔から人が人として抱えてきた闇も…
わたしたちを襲うさまざまな想いに ときに沸き立ち ときに凍りつく血の流れ…
思えばそれを包んでいる血管は 日々刻々 なんとしんどい仕事をしているのでしょう☆






2007-11-25(Sun)

すべては風の中に−KANSAS

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ぼくはふと眼を閉じる ほんの一瞬(いっとき)
そのひとときすら またたくまに過ぎ去ってしまう

ぼくのすべての夢も 気まぐれに移ろってゆく
風に舞い飛ぶ塵(ちり)のように…
すべては風に舞い散らされる塵のようなものだから

なにもかも 繰り返し流れる古い歌のように
果てしなく打ち寄せる海の水の一滴にすぎないんだ

ぼくらのすることは 結局は大地に砕け散っていく
どんなに眼をそむけようとも…
風に舞い飛ぶ塵のように…
ぼくらはすべて 風に舞い散る塵のようなものだから

だから しがみついても 無駄なこと
大地と空のほかには 何も永遠(とこしえ)に残るものはないのだから

                               ケリー・リブグレン(カンサス)
                               訳詩 ©2007Luminas


I close my eyes, only for a moment and the moment's gone
All my dreams, pass beforemy eyes a curiosity
Dust in the wind,
All they are is dust in the wind
Same old song, just a drop of water in an endless sea

All we do, crumbles to the ground, though we refuse to see
Dust in the wind,
All we are is dust in the wind
Don't hang on, nothing last forever but the earth and sky
.......

                       "DUST IN THE WIND"
                       Lyrics by Kerry Livgren
                       ©1977,1978 EMI Blackwood Music Inc.



The Byrdsの"Turn!Turn! Turn!"が
旧約聖書の「伝道の書」の一節を ほぼそのまま楽曲化しているように
KANSASのこの名曲も 旧約聖書の<われらは塵(ちり)にひとしい>ということばをふくらませて 美しい楽曲に仕立てたように思えます
アコースティックなアルペジオの響きが そのまま<永遠>を連想させてくれます☆




2007-11-24(Sat)

たとえ自分を憎むとしても−やわらかいいのち4

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あなたは 愛される
愛されることから 逃れられない
たとえあなたが すべての人を憎むとしても
たとえあなたが 人生を憎むとしても
自分自身を憎むとしても

あなたは 降りしきる雨に愛される
微風(そよかぜ)にゆれる野花に
えたいの知れぬ恐ろしい夢に
柱のかげのあなたの知らない誰かに 愛される

何故なら あなたはひとつのいのち
どんなに否定しようと思っても
生きようともがきつづける ひとつのいのち
すべての硬く冷たいものの中で
なおにじみ なおあふれ なお流れやまぬ
やわらかい いのちだからだ

                              谷川 俊太郎 『やわらかいいのち』
                              「魂のいちばんおいしいところ」より




生まれてきたことすら 生きていることすら 呪(のろ)いたくなるような日があります
自分自身を含めすべてを憎んでやまない そんな日々のさなかにも
いのちあるかぎり あなたは誰かに 愛されています
あなたという存在を 内包し ここに生かしている大自然そのものから
あなたの知らないところで あなたに気持ちを向けているひとびとから…
たとえあなたが拒んでも その力が あなたを生かしつづけようとするでしょう☆






2007-11-23(Fri)

還る場所−やわらかいいのち3

Stormy Ocean and Sky.

どこへ帰ろうというのか
帰るところがあるのか あなたには
あなたは あなたの体にとらえられ
あなたは あなたの心に閉じ込められ
どこへいこうとも
あなたは あなたに帰るしかない

だが あなたの中に
あなたの知らない あなたがいる
あなたの中で 海がとどろく
あなたの中で 木々が芽吹く
あなたの中で 人々が笑いさざめく
あなたの中で 星が爆発する
あなたこそ あなたの宇宙
あなたのふるさと
                              谷川 俊太郎 『やわらかいいのち』
                              「魂のいちばんおいしいところ」より




どう逃れようとしても わたしたちは結局 <自分>に帰るしかありません
自分の小宇宙の中で行われる営みの神秘が
つまりは大宇宙の神秘と そのままつながっていることに目覚めたなら
そこは広大無辺な世界へと変貌するのですが…☆






2007-11-22(Thu)

断章−やわらかいいのち2

Crying time

怒りながら 哀しんでいる
戸惑いながら 決意している
突き放しながら しがみついている
ひとつの顔
世界中でたったひとつの あなたの顔
その顔は かくしている
誰にも読みきれない 長い物語を

拒みながら 待っている
謝りながら 責めている
途方に暮れながら 主張している
ひとつの背中
かたくなにみずからを守る あなたの背中
その背中は呟(つぶや)いている
自分にもつなげない きれぎれな物語を
                              谷川 俊太郎 『やわらかいいのち』
                              「魂のいちばんおいしいところ」より





他人をも自分をも適当に欺(あざむ)けたとしても
顔にはすべてが刻まれます
背中は雄弁に物語ります
あなたの生きてきたすべてを あなたという地平をよぎった想いのすべてを☆






2007-11-21(Wed)

問いかける谺(こだま)−やわらかいいのち1

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どうしたらいいの
どうしたらいいの
問いかけるあなたの言葉が 私の中に谺(こだま)する
答のない私の中に――
どうしたらいいの どうしたら
私の中に あなたがいる
ひっそりと ひとりで立ちつくしている
心は もつれあった灰色の糸のかたまり
だが その糸が 私とあなたを結んでいる
どうしたら どうしたらいいの
問いかけることで あなたは糸の端を
しっかりと握りしめている
                              谷川 俊太郎 『やわらかいいのち』
                              「魂のいちばんおいしいところ」より




すべてが もつれた糸の塊のようにこんがらがって どうほどけばいいのか皆目みえない…
答えのない問いの迷路のなかで いつまでも さまよっているような日々があります
それでも <どうしたらいいの?>と 
だれにともなく あるいは 天を仰いで 問いかけることのできるうちは
あなたは糸の端を だれかにつないでいるのです
灰色に閉ざされた迷路のなかで行き暮れても 糸をほどく手を止めないならば
いつか だれかがずっと もう一方の糸の端を握っていてくれたことに気づくでしょう☆






2007-11-20(Tue)

傷ついたこころは…

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きずだらけの こころは ときどき
ひらがなの くさむらに かくします
しかくいもじは かどがあたって いたいのです
そのくさちは びるでぃんぐのまちからも とほく
こんくりいとの はしなども かかってゐない
とがつた めつきのひとと ゆきかふこともない
しずかな むらのはずれに あります
いちにちぢゆう そよかぜが ふき
やはらかな ひがさし
きこえるのは
のどかな うしの なきごゑくらゐなものです
やがて こころは
ひを すつて ふくらんだ ごむまりのやうに
ひかつて はずんで
ころころ まろびだしてきます
そのやうすは くさが みどりの ほそい てで
こころを おしだしてくれたやうに
はたからは みえるはずです
そして あるいは
ほんたうに さうかもしれないのです

                            新川 和江 『テレヴィジョン』
                            「新川和江全詩集」(花神社,2000年)




心が傷つき 疲れてしまったときは
漢字で書き表されるような 四角い思考はなじまなくなります

なにも尖ったものに行き会わないですむ 安全で心静かな場所に
ただじっと身を横たえていたくなります
木々をそよがす風のさやかな音と
緑の天蓋を洩れてくるやわらかな陽射しのなかで

眠る前のひとときに 心から安心して身をゆだねられる
そんなあなただけの隠れ家=待避所のイメージがありますか?
海辺でも 山の中の湖でも あなたの好きな場所でよいのです
だれにも邪魔されない そんな隠れ家をもつことができれば 心は壊れないですむでしょう☆





2007-11-19(Mon)

からだのなかに

Elderly man peering from hospital window

からだの中に 深いさけびがあり
口は それ故につぐまれる

からだの中に 明けることのない夜があり
眼は それ故にみはられる

からだの中に ころがってゆく石があり
足は それ故に立ちどまる

からだの中に 閉じられた回路があり
心は それ故にひらかれる

からだの中に いかなる比喩も語れぬものがあり
言葉は それ故に記される

からだの中に
ああからだの中に
私をあなたにむすぶ血と肉があり

人はそれ故にこんなにも
ひとりひとりだ

                               谷川 俊太郎
                               「空に小鳥がいなくなった日」より



自分の裡(うち)から湧きあがる深い叫びや
自分の奥深くの坂を転がり落ちる石のひそやかな音
あなただけの回路で日々起こる神秘な営(いとな)
あなたが生きてあるかぎり けっして明けることのない あなたのなかの闇…

口を閉じ 眼をみひらいて 立ちどまり しんと耳傾けないと
気づかれることもない孤独な営みです
同じ血と肉をわけあう 同胞(はらから)であるひとびととも
完全には分かち合うことのできない あなただけの孤独な営みです☆






2007-11-18(Sun)

陽光に晒されて

tree under blue sky

さかしらに 思いめぐらすあなたが いなくなり
ひとこと言いたいあなたが いなくなり
(たす)けてあげたいあなたが いなくなり
急ぐあなたも 迷うあなたも 悲しむあなたも 惜しむあなたも いなくなり

ただ在(あ)るだけの あなたになったとき
すべては 還(かえ)ってくるでしょう
ことばも 想い出も 交わりも…

高い梢を吹いて渡る風に漂白(さら)されて…
野面(のづら)を暖める陽の光に漂白(さら)されて…
流れてやまない水に洗われて…
しろく透きとおったことばや 想い出や 交わりが

もう語らなくてもいい(ことば)…
もう捨ててもいい(あれやこれや)…
もうなくてもいい(支え)…

すると 
新たなことばを 語るようになるでしょう
新たなものを 得るでしょう
新たな人びとに 囲まれるでしょう

新たな陽光の下で いままで知らなかった ほんとうの微笑が頬を輝かせるでしょう
                                ©Luminas 2007




あれこれ考えめぐらし 情報や欲望や感情に踊らされているうちは
善意ですらも 無垢(むく)ではありえません
自我や自己愛のよぶんな澱(おり)をまとった善意ほど たちのわるいものはないからです
そこには <したい私>がいるだけです

<したい私><見せたい私>は傷があるのです
悲しみや怒りや落胆を抱えこんでいるのです
心の奥底におし隠されたすべての傷を癒(いや)
(ゆる)すべきひとを すべて赦した果てに
はじめて すべての雑念を手放し 無心になることができるのです
そうしたら はじめてほんとうの言葉で語ることができるでしょう
ほんとうに必要なかたちで ひとに尽くすこともできるでしょう☆





2007-11-17(Sat)

目に映るすべてのものの背後に

The New York City skyline in the evening

あたたかな部屋
あかるい灯火の下
遠いものの姿が かたちが
手にとるように見えるのに
見なければならないものの姿が かたちが
ますます見えなくなってしまう ことのおそろしさ

たとえば
すぐそばにいる あなたの心
こどもの明日
わたしの今日
窓のそとの闇(やみ)

                            新川 和江 『テレヴィジョン』
                            「新川和江全詩集」(花神社,2000年)より




海の彼方のクーデターの街角に貼られたポスターの破れ目や
遠い地方で起きた事件の被害者宅の室内に干されたままの洗濯物の模様まで
画面で詳細に見てとれるというのに…
そうして世界中で起きている何もかもを 間をおかずして知ることができるというのに…

そんな時代だからこそ ますます見えにくくなってしまったことは多いのでしょう
それこそが最も知りたいことであるのに…
眼を凝(こ)らしてみつめなければいけないことであるのに…☆





2007-11-16(Fri)

骨−中原中也

skelton

ホラホラ、これが僕の骨だ、
生きたゐ(い)た時の苦労にみちた あのけがらはしい肉を破って、
しらじらと雨に洗はれ ヌックと突き出た、骨の尖(さき)

それは光沢もない、ただいたづらにしらじらと、
雨を吸収する、風に吹かれる、幾分空を反映する。

生きてゐたときに、これが食堂の雑踏の中に、坐ってゐたこともある、
みつばのおしたしを食つたこともある、と思へば
なんとも可笑(おか)しい

ホラホラ、これが僕の骨――
見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
霊魂はあとに残って、また骨の処にやつて来て、見てゐるのかしら?

故郷(ふるさと)の小川のへりに、
半ばは枯れた草に立つて見てゐるのは、――僕?
恰度(ちょうど)立札ほどの高さに、
骨はしらじらととんがつてゐる。

                             中原 中也「在りし日の歌」より




骨折でもすれば 断片を眼にすることはあるかもしれないけれど
X線でフィルムの上に映し出された像を見ることはあるかもしれないけれど
生きてあるかぎり 自分の骨格の全容を 骨の詳細を 直に見ることはまずありません

臨終を迎え からだを離れた魂が
焼き上がって炉から出てきた 自分の骨を見下ろす機会があるとしたら
どんな思いを抱くのでしょう

この骨が 雑踏のなかを気どって歩いていたと思えば 何だかおかしい
この骨が キリキリと忙しがって右往左往していたと思えば 何だかおかしい
肉にまつわる生々しさをそぎ落とされた骨であればこそ そう思えるかもしれません☆





2007-11-15(Thu)

漂泊

tree and river

わたしは誰のあばらなのでしょう
わたしの元の場所は どこなのでしょう
日が暮れかかるのに まだ見つからない

川が流れています わたしの中を
みなもとは どの山奥にあるのでしょう
せせらぎの音がつよくなるので
さかのぼって 行かずにはいられません

暗くなっても 家に帰ってこない
ついに帰ってこない 女の子がいるものです

(さが)さないでください 彼女自身がいま
<捜す人>に なっているのですから

                           新川 和江 『捜す』
                           「新川和江全詩集」(花神社,2000年)




真の自分を見つけるために さまよっているとき
わたしたちは しばらく あるいは そのまま帰れないかもしれません
なじんだ親しい人々の世界へ…
懸命に真理を 真の自分を<捜すひと>になっているあなたは 
傍からは 捜しても見つからない迷子に見えるかもしれません
願わくは ともに捜しものを見つけて喜び合いたいものですね☆






2007-11-14(Wed)

願い

silhouette on the sunset background

ひとつの小さな願いがあるといい
明日を想って
夜の間に支度する 心のときめき
もう耳に聞く 風のささやき 川のせせらぎ

ひとつの小さな夢があるといい
明日のために
くらやみから湧(わ)いてくる 未知の力が
私たちを まばゆい朝へと開いてくれる

だが 明日は明日のままでは
いつまでも ひとつの幻(まぼろし)
明日は今日になってこそ
生きることができる

ひとつのたしかな今日があるといい
明日に向かって
歩き慣れた細道が 地平へと続き
この今日のうちに すでに明日はひそんでいる

                              谷川 俊太郎 『明日』
                              「魂のいちばんおいしいところ」より




わたしたちを明日へと向かわせるには ほんの小さな願いや夢でもいいのでしょう
心のはずみをおぼえながら 支度することのできる ささやかな計画のひとつでもあれば
ひとは 今日のなかに明日を生きることができます☆
明日へと続く道は 結局 歩き慣れたいつもの細道なのです
どちらに歩を進めるかで ほんの少しずつ 違う地平へと導かれてゆくのでしょう☆






2007-11-13(Tue)

この海の外には

goldfish in different bowls

一匹の魚が 別の魚にいった
“ぼくらのいる この海の上にも別の海があって
 そこにも いろんな生きものが泳いでいるんだよ
 ぼくらがこの海に棲(す)んでいるのと ちょうど同じように…”

すると彼はこたえた
“そんなのは ただの幻想だね! 馬鹿らしい幻想だよ!
 ぼくらの海から 1インチでも外に出て そのままでいたら
 だれだって死んでしまうんだってことが まだわからないのかい?
 だいたい よその海があって そこにも生きものがいるだなんて
 いったい どこに証拠があるっていうんだ?”

                          「先駆者」より
                          訳詩©Luminas 2007



A fish said to
another fish,
"Above this sea of ours there is another sea, with creatures swimming in it−
and they live there even asa we live here."
The fish replied,
"Pure fancy! Pure fancy!
When you know that everything that leaves our sea by evenan inch,
and stays out of it, dies.
What proof have you of other lives in other seas? "

                      Kahlil Gibran “Other Seas
                      from The Forrunner
                      © Indiana Publishing House. 2006




宇宙人の話を荒唐無稽だと笑っていたのは過去の話
いまでは誰もがこの太陽系に地球人以外に知的生命体の存在することを否定しません
けれども それはNASAをはじめとする宇宙探査が進んで
太陽系や宇宙に関する多くの証拠が 手に入ったからに他なりません
量子物理学や天文学の進化が 多くのことを解き明かしたからに他なりません

この地球や太陽系のはるか外 無限の宇宙そのもののさらに外の世界について
われわれの存在する物理的な地上の3次元の世界を超えた世界について
話が及ぶと ひとはまた 猜疑心にみちた2番目の魚と同じ反応を示します
曰く “で その証拠は? いったいどこにあるの?”と…☆





2007-11-12(Mon)

風見鶏

Weather vane in the blue sky

風見鶏が 風にいった
“きみは ほんとうに うんざりするほど単調なやつだね!
 わたしの顔に吹きつける以外に 通り道をみつけられないのかい?
 神から与えられた わたしの不動の安定性を きみが邪魔してるんだよ”
風は ただ黙って笑っていた

                          「先駆者」より
                          訳詩©Luminas 2007


Said the weather-cock to the wind,
"How tedious and monotonous you are!
Can you not blow any otherr way but in my face?
You disturb my God-given stability?"
And the wind did not answer.
It only laughed in space.

                     Kahlil Gibran “The Weather-cock
                     from The Forrunner
                      © Indiana Publishing House. 2006




この風見鶏を あなたは笑うことができますか?
自分が動揺しているのは 誰かが余計なことを耳に入れたせい…とか
○○があんな態度をとるから こんなにイライラさせられて…とか
波立つ感情の原因を相手や外界に求めがちな わたしたちは
多かれ少なかれ この風見鶏と大差はないのです☆







2007-11-11(Sun)

花のうた

grass and gerber flower

わたしは 自然が語ることば,
それを 自然は取りもどし その胸のうちにかくし
もう一度(ひとたび)語り直す.
わたしは青空から落ちた星,みどりのじゅうたんの上に落ちた星.

わたしは大気の力の生んだ娘,
冬には連れ去られ 春には生まれ 夏には育てられる.
そして秋は わたしを休ませてくれる.

……

わたしは 露に酔いしれ つぐみの歌に 耳を傾ける.
叫ぶ草たちの リズムにあわせて踊り,
光を見るために 天を仰ぐけれど,
それは 自分の像(イメージ)をそこに見るためではない.
この知恵を 人間はまだ学んでいはしない.

                            「涙と微笑」より
                            神谷美恵子訳(『うつわの歌』所収)
                            ©Mieko Kamiya 1989



I AM A WORD uttered by Nature,
Then taken back
And hidden in her heart,
And a second time uttered.
I am a star fallen from the blue sky
Upon a green carpet.

I am a daughter of the elements:
Carried in Winter,
Born of Spring,
Reared by Summer;
And Autumn lays me to rest.

.........

I drink of the dew's intoxication
And hearken to the blackbird's song.
I dance to the rhythm of the grasses shouting;
I look ever heavenward to see the light,
Not to behold therein my image.
This is a wisdom man has not learnd yet.

                      Kahlil Gibran “Song of the Flower
                          A Tears and a Smile
                       © Alfred A. Knopf, Inc. 1950




この地上をはるかに超えたものを思いみるために ひとは天を仰ぎます
けれども 結局 神を卑小な自分の似姿としてしか 思い描くことができません
小さな花は 神がもっと巨(おお)きな存在であると知っているので
天を仰ぐときにも そこに自分の像(すがた)を投影したりはしないのです
ただ無心に天を仰ぎみるだけです…光を見るために☆







2007-11-10(Sat)

囚われ人

light at the end of the tunnel

どんよりと
くもれる空を 見てゐ(い)しに
人を 殺したくなりにけるかな

かなしくも
頭のなかに 崖(がけ)ありて
日毎に土のくづるるごとし

人といふ(いう) 人のこころに
一人ずつ 囚人がゐ(い)
うめく かなしさ
                                           石川 啄木



人みなを 殺してみたき 我が心 その心 我に神を示せり
                                           中原 中也


ぐさり! と  やってみたし
人をころさば こころよからん
                                     八木 重吉『人を殺さば』




自らのなかに根源的にある殺意や敵意,憤(いきどお)りや怨恨(えんこん)……
そうした どす黒い感情や人の獣性を 極みまで見つめるひとは
むしろその極限で 対極にある神性を 心から希求することができるのでしょう

そのひとが放つ祈りは
悪の深淵が自らの裡(うち)にあることを知らない 型どおりのなまぬるい信仰よりも
はるかに遠く深いものなのではないでしょうか☆









more...

2007-11-09(Fri)

夜空またいで−レクイエム

Fantastic sunset

いつ出会い いつ別れ いつ笑い合えるかって
知らないし 見えない
そこが 行くとこなら
出会い 別れ 笑い合えるまで
もういないあなたを 明日へと送るから

……

いつ旅立ち いつ豪雨で いつ吹雪くかどうかなんて
知らないし 言えない
僕らが急いでも
旅立ち 豪雨で 吹雪くその先まで
もういないあなたは どこでも行けるから

逢いたいならば 声嗄(か)らして あった事 唄えばいい
みんな今 未来に手伸ばすぜ
あなたは ただ 心に居て…

逢いたいならば 夜空またいで 逢う場所はもう ここではない
みんな今 未来に解き放つぜ
何回も目にした絵本閉じて 持って
                             Lyrics by 中村一義 『やさしいライオン』
                             「100s」Ozより 




先に旅立った人を送るのは 過去へではなく彼方の未来へ
彼らを写真や過去の追憶のなかに お墓や仏壇のなかに葬(ほうむ)ってしまうのは
わたしたちの悲しい勘違い
<逢う場所はもうここではない>ってことを なかなか信じられないからですね
でも 彼らはどこへでも行けるのです
豪雨にも吹雪にも 阻(はば)まれることなく
自在に現在と明日を行き来して…時折あなたに囁きかけることもできるのです☆
眠りのなかで…沈黙(しじま)のなかで…☆







2007-11-08(Thu)

目覚めの前の一刻に

child on the road

重い引き戸が ごろごろと開けられる音がする
誰かが家に入って来たのだ
こんなに朝早いのに

何をしに 来たのだろう
私を たずねて来たのだろうか
足音もなく

早く私の前に立ってくれればいいのに
私はここにいるのだから
生まれてからずっと

いくら記憶を探っても
顔は浮かんでこない
ただ 引き戸の音だけは聞き覚えがある

籐椅子や掛け軸や篩(ふるい)や植木鉢が
積み重なっていた古い土蔵
そこで昔かくれんぼをして遊んだ

そのときの私だろうか
いまこの家に入って来たのは
言葉もなく
                               谷川 俊太郎 『目覚める前』
                               「夜のミッキーマウス」より




記憶も定かでないほど 遠い過去から
ときどき幼いわたしたち自身はやってきます
わたしたちが ぼんやりとした まどろみのなかにあるときに…

ふだん 歳月のかなたに追いやって わたしたちが顧みることをしないでいる その子は
いまでも 庭の隅でひとり悔しさをかみしめていたり
押入れのなかで泣いていたり
夕闇のなかで怒りにふるえていたりします

そして ほんの時折 ひっそりと扉を開けて やってきます
足音もなく 言葉もなく
その気配に気づいたなら 何をいいにきたのか 訊(たず)ねてみてください
早く声をかけないと 子どもはまた駆け出していってしまうでしょう
遠い歳月の彼方へ☆







2007-11-07(Wed)

陽射しの翳る午後

windowside

  起こってることは
  こんなに単純なのに
  その訳はこんぐらかって
  
  窓からの陽射しが 
  心の中まで
  さしてこない

  天井裏を
  鼠(ねずみ)が走る
  午後

  平たい液晶に
  限りなく重なって
  開いている窓

  そこからは
  見えない
  君の目  
                                谷川 俊太郎 『窓』
                                「minimal」より




窓からの陽射しが 心の中にも 部屋の隅にも届かない日
わたしたちは 窓を開けて陽射しを浴びようともしないし
陽射しをみつめようともしないし できない

ひたすら見つめる液晶画面の中に 窓は折り重なって映っています
鏡の迷路のような 画面のなかで追いかけようとするから
単純な事態も どんどん縺(もつ)れた糸になり 迷宮の中でことばは行き先を失うばかり
なぜ窓辺の陽光のなかで そのひとの目をまっすぐ覗(のぞ)きこんでみないのでしょう☆




 
2007-11-06(Tue)

太陽に,月に,星に,そして宇宙に

starlight and earth

  ごらん わたしは太陽をみる
  太陽はわたしの父
  わたしは太陽から生まれきた
  
  ごらん わたしは月をみる
  月はわたしのはるかなる祖母
  わたしをいつも守ってくれる

  ごらん わたしは星空をみる
  星々には親しい友や縁者がみえる
  
  ごらん わたしは宇宙をみる
  そこにわたしがみえるから

                                『オセージ族のハイイーグルの祈り』
                                スタン・パディラ編
                                訳詩 ©2007Luminas


 Look, I see the Sun...
 He is my Father
 He is my beginning
 Look, I see the Moon...
 She is my Grandmother
 my guardian keeper
 Look, I see the stars...
 They are my friends, my relatives
 Look, I see the universe...
  I see myself.
                     High Eagle, Osage/Cherokee tribe's prayer
                        "Chants and Prayers"Stan Padilla




陽のもとの自分 月明かりのもとの自分 満天の星空の下の自分
空を仰いで そんな小さな自分を味わうことが
いったい一年のうちにどれほどあるでしょうか
まして 宇宙の一部である自分をみることが…☆






2007-11-05(Mon)

マスカレード

carnival venetian mask

  これはかみさまが つくったおめん
  これをかぶると こどもになれる
  ないたって かわいいし
  おこったって かわいいし
  とんぼのはね むしったって 
  ゆるしてもらえる
  でも おとながいなくなると
  ぼくらはときどき
  おめんをはずして
  よるの のはらへ でかけていく
                ……(後略)

                                谷川 俊太郎 『かお』
                                「子どもの肖像」より




あどけない子どもの頃から すでにわたしたちは仮面をかぶることをおぼえます
最初は いたいけで無邪気な子どもの仮面
(でもその下でおとなの反応を冷静に計算しているし 残酷でもある…)
そして 成長とともに 仮面の数はどんどん増えていきます

愛に傷ついた人は 愛など求めないという仮面
さびしい人は なにより仕事が好きで忙しいという仮面
暗く孤独な内面を隠すための 明るく陽気な人の仮面

夜になってひとりになると 仮面をはずしてホッとする…はずが 
あまり長くかぶりすぎたので なかには仮面だということを忘れてしまって
顔の一部になってしまったものもあるでしょう

自分自身ですら 仮面をすべて剥(は)いだ本当の素顔を忘れてしまってることが多いものです
素顔の自分が その下で息苦しさをおぼえるようになるまで 
わたしたちは 仮面の存在に気づかないのです☆



 
2007-11-04(Sun)

暮れゆく青い夜の中で

starry sky upon the ocean

 どのように歌いはじめたらいいのだろう 自分の歌を?
 青く暮れなずむ この夕闇のなかで…
 ともあれ ここに腰をおろし
 自分の歌を 歌ってみることにしよう

                                 『パパゴ族の祈り』
                                 スタン・パディラ編
                                 訳詩 ©2007Luminas



 How shall I begin my song
 in the blue night that is settling?
 I will sit here and begin my song.
                         Papago tribe's prayer
                         "Chants and Prayers"Stan Padilla




夕闇の訪れに過ぎた一日を振り返るように
人生の黄昏(たそがれ)に人は自分の人生の歌を紡(つむ)ごうと思います
けれども あなたの歌は ずっと歌い継がれているのです
あなたの人生のあらゆるときを通して…
嗚咽(おえつ)やためいきしか洩(も)れなかったときも 声を出すことすらできなかったときも
沈黙の余韻(よいん)そのものが 歌の一部であったのです

沈鬱(ちんうつ)な第二楽章が奏(かな)でられた後に
どんな最終楽章を歌い上げるか…それは歌い手に託されています
カタルシスに満ち 人をしあわせな感動へと導く終楽章(コーダ)を奏でられるかどうか……
最後の瞬間まで歌い継いでみなければ 楽曲の全容はわからないのです☆




2007-11-03(Sat)

追憶の情景3−水音2

Autumn forest river

水音の一人となり 捨てるものがなんぼでも

                                 種田 山頭火




すべてを捨てて 傘に破れ衣と鉄鉢と杖だけを携えて行乞(ぎょうこつ)の旅に生きた
漂泊の俳人 山頭火ですら つねに捨てきれぬものの多さを嘆いています
日常生活で所有しているものを すべて捨て去ったとしても
どれほど多くの想念や意識のゴミがわたしたちの裡(うち)に貯め込まれているか…

ひとり大自然のなかに身を置いて すべての雑音や思考から自由になったとき
わたしたちは はじめてそれを実感することができるのでしょう

川のせせらぎに耳傾け 木々の葉をそよがす風に身をさらすとき
水のエネルギーがわたしたちの想いを洗い 
風のエネルギーはわたしたちの意識を吹き抜けていくでしょう
幾多のゴミや埃(ほこり)を吹き飛ばしながら…☆





2007-11-02(Fri)

この道の果てに

Norway Highway

また道がある,
どこまで行っても 道が続く,
まっすぐな道,曲がりくねった道,
行き止まりになっても すぐ引き返せる道.

私,道のない所に行きたい,
道を歩きたくない,
何もない所で迷ってしまいたい,ひとりで.

そしたらきっと,
あいつが 遠くから歩いてくるのが見えるよ.

                               谷川 俊太郎 『(また道がある、)』
                               「やさしさは愛じゃない」より





振り返れば 後ろには これまで歩んできたさまざまな道が見はるかせます
楽々と あるいは よろよろと あるいは 泣きべそをかきながら
やっとここまで歩んできたというのに 
前方を見れば まだまだ どこまでも はてしなく続く道……

次は急坂や通り抜けるのが容易でない隘路(あいろ)だとわかっていながら 
先に進むことには ときに うんざりさせられます
“もう道を歩みたくはない” “このまま迷子になってもいい”と
投げやりで捨て鉢な気分に陥ることも たびたびあります

でも 歩みを止めれば あいつに つかまるだけなのです
背後から たえずわたしたちの隙を狙ってついてくる <虚無>という名の薄闇に…☆




2007-11-01(Thu)

立ち去る影

sun splushed window

誰もいない隣の部屋で
誰かが呼んでいる まるで僕のように

僕は急に扉を開ける
こっちは暗いのに
そこには明るく陽が射していて
たった今 誰かが立ち去ったところらしく
影が ちらと目をかすめる
だが 僕が追うと もう誰もいず
あたりまえな夕方になる
花瓶には 埃(ほこり)がつもっている
窓を開けると 空が明るく そこでも……
誰かが呼んでいる 僕のように

                                谷川 俊太郎 『夕方』
                                「愛について」より





<呼びかけられる>ときは たいてい いつも
それは ひそかな囁(ささや)きだったり かすかな気配だったり……
目の隅をかすめる影だったりします
気づいて後を追うときには すでにその<誰か>は立ち去ったばかりのことが多いけれど
すぐ隣の部屋から立ち去った気配を見失ったとしても
窓を開けて空を見上げれば そこにも呼びかける声を聴きとることができるでしょう☆

薄暗い自分の部屋から腰を上げようとしなければ…
扉や窓を開けてみようとしなければ…
呼びかけにも 立ち去る気配にすら 気づくことはできないのです☆








プロフィール

ルミナス

Author:ルミナス
"あなた本来の光と輝きを取りもどすために…”
セラピースタジオ ルミナーレにおいて,
スピリチュアル&ボディの両面から,各種セラピーを行っています.

<セラピースタジオ ルミナーレHP> http://www.luminare.jp
<セラピースタジオ ルミナーレブログ> http://blog.goo.ne.jp/luminare001/

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