2008-10-14(Tue)
いのちの詩,光のことば
古今東西の詩集から,歌詞から,あるいは小説から… こころに響くことばたちを美しい写真とともに集めました. ひとつひとつがあなたへのメッセージとなりますように☆ Copyright © 2007-2008 Luminare&Luminas, All Rights Reserved.
2008-01-31(Thu)
闇の中で

百姓達の夜は
どこの夜と同じようにも暗い
都会の人達の夜は
暗いうえに、汚れている
父と母と子供の呼吸は
死のように深いか、絶望の浅さで
寝息をたてているか、どっちかだ。
昼の疲れが母親に何事も忘れさせ
子供は寝床からとおく投げだされ
彼女は子供の枕をして寝ている
子供は母親の枕をして――、
そして静かな祈りに似た気持で
それを眺めている父親がいる。
どこから人生が始まったか――、
父親はいくら考えてもわからない、
いつどうして人生が終わるのかも――、
ただ父親はこんなことを知っている
夜とは――大人の生命をひとつひとつ綴(と)じてゆく
黒い鋲(びょう)のようなものだが
子供は夜を踏みぬくように
強い脚で夜具を蹴とばすことを、
そんなとき父親は
突然希望で身ぶるいする
――夜は、ほんとうに子供の
若い生命のために残されている、と
小熊 秀雄 『親と子の夜』(遺稿)
「小熊秀雄全詩集」(思潮社)
肺結核のため39歳で亡くなったプロレタリアート詩人 小熊秀雄の遺稿となった詩です
既に数年前から喀血と咳に悩まされていた小熊は 死を予感していたのでしょう
眠りが日々の労苦からの退避であるかのように 昏睡する大人のかたわらで
やすらかに深い眠りをねむる子供の夜具を蹴る力強い脚…
一夜ずつ死へと近づいていく大人の眠りと 一夜明けるごと花開いていく子供の生命…
自分亡き後も 次代へと受け継がれていく命のすこやかさに
かすかな希望をつないでいる父親の姿が哀切です☆
2008-01-30(Wed)
いのち

命はかすれながらつづく
それは色のけむりだ
それは薄いひくい紫の色階だ
それは消え去るもので
しょせんは一またたきのまぼろしだ
その薄いけむりはつづく
その命にささへられて肉体は立つ
ピストルを打つ様に光をうつ
日の強さ
それを幽(かす)かにかすめて
薄い紫がつづく。
村山 槐多 『命』
「村山 槐多詩集/山本太郎 編」
肉体を生かしている人の命は
陽光の力強さに比べて 薄くたなびく紫のけむりのように
かすかで はなかいものだと 槐多はうたいます
鋼(はがね)のように確かで強い陽光
その前では 一瞬の幻のように淡淡と漂う 薄い色合いの煙…
その一またたきの生を少しでも色濃く彩りたいと思ったから
晩年の槐多の画は 強烈な真紅の絵の具で線太く描かれたのかもしれません☆
2008-01-29(Tue)
雨夜の煩悶

夜のあいだじゅう
行きつ戻りつ 音がしていたが
いままた 静かにしつこく雨が降る
こんなにいつまでも
思い返してやり こだわりつづけてやる必要のある
自分とは わたしにとって いったい何なのか…
降る雨がもたらす やすらぎや激しさでさえ
結局 わたしにとっては
何かこれ以外の
執拗(しつよう)でないものにはなりえないのか―
そして わたしは相変わらず
この果てしない不安の中に閉じ込められたままなのか…
ロバート・クリーリー『雨』(抜粋)
訳詩©Luminas 2008
All night the sound had
come back again,
and again falls
this quiet, persistent rain.
What am I to myself
that must be remembered,
insisted upon
so often? Is it
that never the ease,
even the hardness,
of rain falling
will have for me
something other than this,
something not so insistent―
am I to be locked in this
final uneasiness. .....
Robert Creely “The Rain"
現実の風に吹きさらされて乾ききった身に
自己憐憫(れんびん)や自己弁護は
ある意味 慈雨のようなものでしょう
けれども しっとりと肌を潤してくれるのは ほんの一刻です
いつまでも繰り返し繰り返し 自分にこだわりつづけていれば
その湿り気が骨身の芯まで染みとおり 冷え冷えと凍えるばかりです
そして 自ら降りつづけることを許した雨の牢獄に閉じ込められて
結局 どこへも歩き出すことができなくなるでしょう☆
2008-01-28(Mon)
かすかな笛の音

吐く息が真っ白い
ゆうべの雨で出来た水たまりが
凍っている
表面は分離した部分が透明だ
今朝
この寒さの中に佇(たたず)めば
わたしも汚れを漉(こ)し去って
意識を
清らかな水で満たすことが出来ないものか…
わたしも
この身をすっかり自然にあずけると
子供の時以来心の奥深くにしまわれたままの
小さな笛の音が
ふとかすかに響くかもしれない
わたしの音色を出そうと
しゃかりきになるのは
もうよしにするか
川崎 洋 『この寒さの中に佇めば』(抜粋)
「川崎 洋詩集」(ハルキ文庫)
わたしたちの人生は
自分の音色を出そうと いつも必死に努めている日々であるともいえます
けれども この詩の中段では こう語られます:
鳴らすのが難しいフルートが 吹いてくる風の具合でふと鳴ることがある と
肩ひじ張った頑張りが かえって自然な発露を妨げていることは多いものです
力を抜いて 自身を自然に委ねることができたなら
閉ざされていた回路がひらき ひそやかな音色が奥深くから鳴りはじめるでしょう☆
2008-01-27(Sun)
晴れやかに歩めるように

願わくは
いつもわが道を 晴れやかに歩めますように
晴れやかに歩めますように
空がいちめんの黒雲に覆われるときも 晴れやかに
晴れやかに歩めますように
激しい通り雨に打たれるときも 晴れやかに
晴れやかに歩めますように
生い茂る草木のなかをゆくときも 晴れやかに
晴れやかに歩めますように
花粉の舞い飛ぶ道をゆくときも 晴れやかに
どうか わが道を 晴れやかに歩めますように
はるかな昔に歩めたように もういちど歩めますように
『ナバホの祈りの詠唱』
スタン・パディラ編
訳詩 ©2008Luminas
Happily may I walk.
Happily may I walk, with abundant dark clouds, happily may I walk.
Happily may I walk, with abundant showers, happily may I walk
Happily may I walk, with abundant plants, happily may I walk
Happily, on the trail of pollen, may I walk
Happily may I walk.
Being as it used to be long ago, may I walk.
"Navajo prayer chunt"
"Chants and Prayers"Stan Padilla
晴れても 曇っても 豪雨に見舞われても
無数の茨(いばら)がゆくてを塞(ふさ)いでも…
いちめんの花粉が息をつまらせても…
歯を食いしばったりせず 晴れやかさを失わずに歩んでいくのは むずかしいですね
まして この詠唱の語り手のように 年老いて脚も弱った身となれば…☆
2008-01-26(Sat)
生まれ変わったような朝
2008-01-25(Fri)
夜の祈り

神よ、神よ
この夜を平安にすごさしめたまへ
われをしてこのまま
この腕のままこの心のまま
この夜を越させてください
あす一日このままに置いてください
描きかけの画をあすもつづけることの出来ますやうに。
村山 槐多 『いのり』
「村山 槐多詩集/山本太郎 編」
本来ならば 「神よ すべてをみ手に委ねます」と つねに祈るべきなのでしょう
けれども 肺病のため22歳で病没した夭折の画家 村山 槐多の死の迫った中での
この血のにじむような必死の祈りを だれが否定できましょうか
わたしたちが 明日もやり残した仕事を続けられるかどうか
だれにも保障できないとはいえ 命の尽きる直前まで自らの生を紡ぐことに
ここまで誠実であれるでしょうか☆
2008-01-24(Thu)
見上げる空に

気休めぐらいになればいいよ
道に迷って引き返して時間だけ過ぎて行くけど
積み重ねた思い出とか
音を立てて崩れたって
僕らはまた 今日を記憶に変えていける
薄い氷を割らないように
下を向いて歩く僕は
簡単に虹を見落とした
迷わずにすむ道もあった
どこにでも行ける自由を
失う方がもっと怖かった
積み重ねた思い出とか
音を立てて崩れたって
僕らはまた 今日を記憶に変えていける
間違いとか すれ違いが
僕らを切り離したって
僕らはまた 今日を記憶に変えていける
立ちどまって見上げた空に
今年初の星が流れる
なんとなくこれでいいと思った
Lyrics by 細美武士 『虹』
「Riot On The Grill」ELLEGARDEN
迷いながら時間を無駄にしても 必ず別の道を探しあてることはできるし
どんなに苦い今日も 明日になれば昨日という記憶に変えてしまえます
足元の現実だけに気をとられて うつむいて歩いてばかりいると
空にかかった大きな虹さえ 見落としてしまうかもしれません
ほんとうは天の祝福のような 大きな虹のただなかに身をおいていたのに…
それを見つけていたら 勇気と希望をもらえたかもしれないのに…
どんな過酷な現実にさらされているときでも 足もとばかりを見つめていないで
時々足を止めて 空を見上げてみましょう
雨後の空に大きくかかる虹や 流れる星や 煌々と輝く月の語りかけを
受けとれるかもしれないのですから…☆
2008-01-23(Wed)
きみの友だち

思いわずらい 悩みに沈むとき…
だれかの愛と気遣いが必要なとき…
何もかもがうまくいかないとき…
そんなときには眼を閉じて わたしのことを想い出して
そうしたら すぐに飛んでいくでしょう
あなたにとっていちばん暗い夜でさえ 明るくしてあげようと
わたしの名前を呼んでくれさえすれば
たとえ どこにいようとも
あなたに逢いに 飛んでいくでしょう
凍てつく冬の寒さの中も 埃っぽい春の大気の中も
夏の陽射しに灼(や)かれても 枯葉舞う秋でも
呼んでくれさえしたら わたしはすぐにそこにいる
だって友だちなんだから
あなたの頭上の空が黒雲に覆われて 重くたれこめたら
そしてあの心も凍る北風が吹きはじめたら
頭をしっかり上げて
大きな声でわたしの名前を呼んで
わたしはすぐにあなたの扉をノックするでしょう
あなたはただ わたしの名前を呼んでくれればいいの
どこにいようとも わたしはすぐに飛んでいくでしょう
凍てつく冬の寒さの中も 埃っぽい春の大気の中も
夏の陽射しに灼(や)かれても 枯葉舞う秋でも
ただ呼んでくれさえすれば そこにわたしはいるでしょう
友だちがいるってことは そういう素敵なことなの
世間のひとたちは とことん冷たくなれる
あなたを傷つけ 裏切り ぼんやりしてたら 魂までも奪うでしょう
ああでも そんなこと 許してはいけない
ただわたしの名前を呼んでくれさえすれば
たとえ どこにいようとも
あなたに逢いに 急いで飛んでいくでしょう
凍てつく冬の寒さの中も 埃っぽい春の大気の中も
夏の陽射しに灼(や)かれても 枯葉舞う秋でも
呼んでくれさえしたら わたしはすぐにそこにいる
あなたには 友だちがいるってことを忘れないで
キャロル・キング
訳詩 ©2008Luminas
When you're down and troubled
And you need some loving care
And nothing, nothing to going right
Close your eyes and think of me
And soon I will be there
To brighten up even your darkest night
You just call out my name
And you know wherever I am
I'll come running to see you again
Winter, spring, summer or fall
All you have to do is call
And I'll be there
You've got a friend
If the sky above you
Grows dark and full of clouds
And that old north wind begins to blow
Keep your head together
And call my name out loud
Soon you'll hear me knocking at your door
You just call out my name
And you know wherever I am
I'll come running to see you again
Winter, spring, summer or fall
All you have to do is call
And I'll be there, yes I'll be there
Ain't it good to know that you've got a friend
When people can be so cold
They'll hurt you, and desert you
And take your soul if you let them
Oh, but don't you let them
You just call out my name
And you know wherever I am
I'll come running to see you again
Winter, spring, summer or fall
All you have to do is call
And I'll be there
You've got a friend
"You've Got A Friend "
Lyrics by Carol King
あなたには 失意のとき こんなふうに駆けつけてくれる真の友人がいますか?
あなたには 失意のとき こう言ってあげられる深い絆がありますか?
真に心がつながっている同士なら たとえ生身で逢うことが不可能でも
深く強く思いを馳せることで 温かさを相手に送ることはできます
家族であれ 恋人であれ 他人であれ そんなひとがたった一人でもいれば
ひとはどんな失意のどん底からでも 這い上がることができるのでしょう☆
2008-01-22(Tue)
死を迎え撃つ

若さを保つことも 善行をなすことも 実はたやすい
すべての邪悪なるものから遠ざかっていることさえも…
でも 心臓が止まろうとするときに笑っていられるようになるためには
学ぶ必要があるだろう
その難しい技ができる人は けっして老いてはいない
彼は燃えさかる炎の中に立ち
自らの拳で 世界の両極を折り曲げる
そこで待っている死が 見えるのだから
けっして 立ち止まっていてはいけない
死に立ち向かわくてはならない
そして 生きてある限りは 死を追い払おうと努めるのだ
死は そこらじゅうにいる
死は あらゆる道のかたわらに佇(たたず)んでいる
そうして わたしたちが生をあきらめると
たちどころに わたしたちの中に入ってくるのだ
ヘルマン・ヘッセ「老いゆくなかで」
訳詩©Luminas 2008
Jung sein und Gutes tun ist leicht,
Und von allem Gemeinen entfernt sein;
Aber lacheln, wenn schon der Herzschlag schleicht,
Das will gelernt sein.
Und wem's gelingt, der ist nicht alt,
Der steht noch hell in Flammen
Und biegt mit seiner Faust Gewalt
Die Pole der Welt zusammen
Weil wir den Tod dort warten sehn,
Las uns nicht stehen bleiben.
Wir wollen ihm entgegengehn,
Wir wollen ihn vertreiben.
Der Tod ist weder dort noch hier,
Er steht auf allen Pfaden.
Er ist in der und ist in mir,
Sobald wir das Leben verraten.
Hermann Hesse “Im Altwerden"
先々出会うだろう死を意識する人は多いでしょうが
若く健康であるときは ともすれば死がいつでもすぐ側に並走していることを
意識することはないかもしれません
しかし 他動的な形で訪れなくとも わたしたちが自らの生に絶望し
諦(あきら)めや投げやりに囚われたとき
すかさず 死は忍びよってくるでしょう 虚無という名の装いで…
肉体的に死なずとも 仮死状態のような 鬱(うつ)や引きこもりという襲われ方もあります
この執拗な相手と闘い ねじ伏せるには それこそ
世界の両極を折り曲げるほどの奮闘が必要なのでしょう☆
2008-01-21(Mon)
この体を葬るとき

月が昇るときも 星が空に光りだすときも わかるんだ
そしたら この体を土に横たえるから
月明かりのなかを 星明りのなかを 歩いていくのさ
この体を土に横たえるために
墓地へ向かって そして墓地中を歩いていくのさ
この体を葬るために
そして草のなかに横たわり 腕を伸ばそう−
そうやって この体を葬るのだ
その一日が終わるまでに 夕闇のなかで神の審(さば)きを受けるだろう
この体を葬り終えたときに
そしたら もう一度 あんたの魂と出会うことになるだろう
この体を永久(とこしえ)に横たえたその日に…
黒人霊歌
訳詩©Luminas 2008
I know moon-rise, I know starlight,
Lay this body down;
I walk iin de moonlight, I walk troo de starlight,
To lay dis body down.
I walk in de graveyard, I walk troo de graveyard,
To lay dis body down;
I'll lie in de grass and strech out my arms−
Lay dis body down.
I go to de judgementin de evenin' of the day,
When I lay dis body down;
And my soul and your soul will meet in de day
When I lay dis body down.
Negro spiritual
体を離れた魂にも しばらくは身体意識が残っているといいます
魂が自らの死を受け容れて すでに生命を終えたその意識の体を
月明かりのなか 星明りのなか 自らそっと運んで
墓地に横たえるという 詩情あふれる黒人霊歌です
墓地の草葉の陰に 永遠の休息の地を見いだし
この世の辛苦に疲れた体を横たえ のびのびと腕をのばすその日を
待ちわびているかのような響きが 彼らの置かれていた苦しい状況を忍ばせます☆
2008-01-20(Sun)
いらないもの

君の手に上手く馴染むもの
君の目に綺麗に映るもの
それだけでいい
君の手が今も暖かく
君の目が今も綺麗なら
ただそれだけで僕は笑う
いらないもの
重たいもの
ここに置いて行こう
誰もがみな過ぎ去るなか
君だけが足を止めた
そういうことさ
何もかも上手くやろうとか
どれひとつなくさずにおこうとか
思う僕には
何も出来ない…
Lyrics by 細美武士 『ロストワールド』
「Pepperoni Quattro」ELLEGARDEN
引越をすると 自分がどれほど多くのモノを所有しているか その膨大さに驚きます
いつかはまた使うかも…とっておけば何かの役に立つかも…
ずっと存在すら忘れていたものですら そんな言い訳でまた残してしまうから…
そして…どんどんいらないものが増え 重たい荷物で身動きがとれなくなるのです…
何も失わないままでいようとすれば 荷物の重たさで遠くへ行けなくなってしまうでしょう
うまくやることばかりを計算していれば 結局何も成し遂げることはできないでしょう
時々立ち止まって いらないものや重たいものをそこへ置き去り 空手になりましょう
遠くまで歩んでいきたいならば…☆
2008-01-19(Sat)
誰かのための風

生命は その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ
世界は多分 他者の総和
しかし 互いに 欠如を満たすなどとは
知りもせず 知らされもせず
ばらまかれている同士 無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?
花が咲いている
すぐ近くまで
虻(あぶ)の姿をした他者が
光をまとって飛んできている
私も あるとき
誰かのための虻だったろう
あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない
吉野 弘 『生命は』(抜粋)
「吉野 弘詩集」(ハルキ文庫)
花は花だけでは完結せず 風が匂いを運び 誘われた虫が花粉を運び…
そうして ようやく受粉します
ひともまた 光をまとって飛んできてくれる虻の姿をした他者や
ゆるやかに花粉を飛ばしてくれる風の姿をした他者に助けられて
花としての生命を全うすることができるのです
自分は何の役にも立っていないと思われるときでも
あなたが生きてここに在るだけで 知らぬまに
誰かのために吹く風であるかもしれません
直接そのひとと交わりがあるかないかにかかわらず…☆
2008-01-18(Fri)
昨日より一回だけ多く
2008-01-17(Thu)
海に注ぎ土に還る
2008-01-16(Wed)
悠久の風と光の中で
2008-01-15(Tue)
歓びは苦闘の中に

ある人々には、一体、生(いのち)はごく手軽な、
造作も無い尋常一様の事で、
手紙を書いたり、一寸(ちょっと)は「あそび」もしたり、
とにかく「用事」は済ませてゆく。
してその翌日(あくるひ)も同じ事を繰返して、
昨日に異(かわ)らぬ慣例(しきたり)に従えばよい。
即ち荒っぽい大きな歓楽(よろこび)を避(よ)けてさえいれば、
自然また大きな悲哀(かなしみ)もやって来ないのだ。
ゆくてを塞(ふさ)ぐ邪魔な石を
蟾蜍(ひきがえる)は廻って通る。
しかし、君、もし本当に生きていたいなら、
その日その日に新しい力を出して、
荒れ狂う生(いのち)、鼻息強く跳ね踊る生(いのち)、
御せられまいとする生(いのち)にうち克たねばならぬ。
一刻も息(やす)む間の無い奇蹟を行ってこそ
乱れそそげたこの鬣(たてがみ)
汗ばみ跳(はず)むこの脇腹、
湯気を立てたるこの鼻頭(はなづら)は自由に出来る。
君よ、君の生(いのち)は愛の一念であれ、
心残りの錆(さび)も無く、
後悔の錆(さび)も無く、
鋼鉄の清い光に輝け。
ギイ・シャルル・クロオ
『世間のある人人には……』上田 敏訳
大きな歓びを諦(あきら)めてでも 大きな悲哀に出会うことを避け
ゆくての障害物も乗り越えずに ヒキガエルのようにノソノソとよけて通り
とにかく<大過なく つつがなく過ごす>ことだけを念頭に置いて
安全で無難な毎日を緩慢に送ることをよしとするか…
それとも鼻息荒く気性も荒く 容易に御しがたい悍馬(かんば)のような人生と
息つく間もなく格闘する方をよしとするか…
あなたはどちらを選びとりますか? ☆
2008-01-14(Mon)
上り坂の彼方

この道はこのままずっと 曲がりくねった上り坂なのですか?
―そうだ 上りきってしまうまでは
この旅は 丸一日かかるのでしょうか?
―朝から晩までかかるのだよ
だとしたら 夜を過ごす休憩所はあるのでしょうか?
―夕闇が迫る頃には 身を寄せる家がみつかるだろう
でも 闇の中でうまくみつけられないかもしれないのでは?
―その宿を見過ごすことはありえないよ
夜になってしまっても 先を行く人たちに会えるでしょうか?
―必ず きみより先に着いているよ
たどり着いたら 戸口をノックするか案内を乞うべきでしょうか?
―待たされることなく すぐ入れてもらえるだろう
そこまで行けば 旅に疲れ 弱ったこの身に やすらぎが得られるのですね?
―労苦の分だけ 報いられるだろう
わたしだけでなく 宿りを求めてやってくるすべての人に寝床はあるのでしょうか?
―もちろんだ 頂上までたどり着いたすべての者に 寝床は約束されている
クリスティナ・ロセッティ 『上り坂』
訳詩©Luminas 2008
Does the road wind uphill all the way?
Yes, ti the very end.
Will the day's journey take the whole long day?
From morn to night, my friend.
But is there for the night a resting-place?
A roof for when the slow, dark hours begin.
May not the darkness hide it from my face?
You cannot miss that inn.
Shall I meet other wayfarers at night?
Those who have gone before.
Then must I Knock, or call when just in sight?
They will not keep you standing at that door.
Shall I find comfort, travel-sore and weak?
Of labour you shall find the sum.
Will there be beds for me and all who seek?
Yea, beds for all who come.
.
Christina Rossetti “Uphill"
from Goblin Market and Other Poems, 1862
ずっと上りばかりが続く曲がりくねった道は 人生の行路を
あるいは信仰の道を象徴しているのでしょう
人々は頂上に着くまで それぞれの旅を個々に苦闘して続けなければなりませんが
坂を上りきって休息の地にたどり着けば そこで先行の旅人たちに出会えるのです
エミリイ・ディキンソンの『永遠への旅路』(2007/10/26掲載)と好一対をなす一編です☆
2008-01-13(Sun)
掌の中の風
2008-01-12(Sat)
いつか星になるように

星と枯草が話していた
静かな夜更(ふ)け
私のまわりにだけ風が吹いていた
何かさびしく
彼等の話に加わろうとしたら
星が天上から落ちて来た
枯草の中を探してみたけれども
星は遂に見つからなかった
朝
目をさますと
重たい石が一つ
こころの中に落ちていた
それから毎日
私は独言(ひとりごと)をいっている
石はいつ星となるだろう
石はいつ星となるだろう
壺井 繁治 『星と枯草』
「壺井繁治詩集」(青磁社)
故知らず心を重くする石のような塊(かたまり)…
原因がわかっていても どうすることもできぬまま心に居座って どいてくれない暗い塊…
そんな石を抱えて心の重さに苦しめられるときは 真っ向から取り組むよりも
願いをこめて つぶやくのです
<石はいつ星となるだろう,石はいつ星となるだろう>と
あなたの中で浄化され いつか星となるために天上から落されてきた石なのですから☆
2008-01-11(Fri)
分かれ道

まだ遅くはなかった,あの時なら
わたしは戻れたのだ
そうしたら 何事も起こらずにすんだのだ
そして すべては あの日がくる前のように
清く澄んで 濁らぬままでいられただろうに!
でも そうなるよりほか 仕方なかったのだ
来たるべくして その時は来た
一瞬に思える 息苦しいひとときが
そして 慌しい歩調で 青春のすべての輝きを奪い去っていった…
今さら 何ひとつ変えることもできない
ヘルマン・ヘッセ「あのとき」
訳詩©Luminas 2008
Es war noch Zeit; ich konnte gehn,
Und alles wäre ungeschehn,
Und alles wäre rein und klar,
Wie es vor jenem Tage war!
Es mußte sein. Die Stunde kam,
Die kurze, schwüle, und sie nahm
Unwandelbar mit jähem Schritt
Den ganzen Glanz der Jugend mit.
Hermann Hesse “Die Stunde"
だれの人生にもある種々の分岐点…
なかでも“もう一度やり直せるものなら…”という 痛恨のひとときは
何度たどっても 苦痛を新たに甦らせるでしょう
でも そうした痛恨のひとときを持たないことが 本当に幸せだったでしょうか?
もしも やり直せる機会があったとして 結局 同じ結末を選んだかもしれません
そうした蹉跌(さてつ)が あなたの人生に置かれることが
そのとき必要だったとしたら…☆
2008-01-10(Thu)
夢の番人

きみたちの夢を ひとつ残らず 預けてごらん
夢みるひとよ
きみたちの心の奏でる調べを ひとつ残らず 預かろう
そしたら ぼくは それらを全部
青い雲の薄絹にそっと包んで
この世界の荒っぽい指から 遠ざけ 守ってあげるだろう
ラングストン・ヒューズ
「夢の番人」(1932)より
訳詩©Luminas 2008
Bring me all of your dreams,
You dreamer,
Bring me all your
Heart melodies
That I may wrap them
In a blue cloud-cloth
Away from the too-rough fingers
Of the world.
Langston Hughes “The Dream Keeper"
from The Dream Keeper, 1932
キング牧師の登場以前 黒人差別のとりわけ激しかった時代―
その時代のアメリカでは 黒人が夢をもつことすら どんなに難しかったかしれません
どれほど手荒な現実に日々握りつぶされようとも
誇りと力強さをもって 夢を語りつづけたラングストン・ヒューズの詩は
光は自ら裡(うち)に灯すものだと教えてくれます☆
2008-01-09(Wed)
私の上に降る雪は…

幼年時
私の上に降る雪は 真綿のやうでありました
少年時
私の上に降る雪は 霙(みぞれ)のやうでありました
十七−十九
私の上に降る雪は 霰(あられ)のやうに散りました
二十−二十二
私の上に降る雪は 雹(ひょう)であるかと思われた
二十三
私の上に降る雪は ひどい吹雪とみえました
二十四
私の上に降る雪は いとしめやかになりました……
私の上に降る雪は 花びらのやうに降ってきます
薪の燃える音もして 凍るみ空の黝(くろ)む頃
私の上に降る雪は いとなよびやかになつかしく 手を差伸べて降りました
私の上に降る雪は 熱い額に落ちもくる 涙のやうでありました
私の上に降る雪に いとねんごろに感謝して、
神様に長生したいと祈りました
私の上に降る雪は いと貞潔でありました
中原 中也 『生ひ立ちの歌』
「山羊の歌」
巡る季節ごと 人みなの上に等しく降る雪も その折々の心象風景のなかで
ずいぶんと異なった色合いを帯びて映るものです
浄化への希求を雪に重ねるようになったとき
ひとは子供の頃と同じ想いで雪空を仰ぐことはなくなるのでしょう☆
2008-01-08(Tue)
つかのまの風
2008-01-07(Mon)
新しい窓が…
2008-01-06(Sun)
夜明けとともに歩む者たち

夜明けとともに歩む者たちだから
朝の陽の光とともに歩みだす者たちだから
ぼくらは夜を怖れはしない
陰鬱な日々も― 暗闇も―
決して怖れはしない
なぜって ぼくらは 朝の中を 太陽とともに歩んでいくからだ
ラングストン・ヒューズ
「夢の番人」(1932)より
訳詩©Luminas 2008
Being walkers with the dawn and morning,
Walkers with the sun and morning,
We are not afraid of night,
Nor days of gloom,
Nor darkness--
Being walkers with the sun and morning.
Langston Hughes “Walkers with the Dawn"
from The Dream Keeper, 1932
小鳥たちは 正確に日が昇る数秒前に鳴きはじめるといいます
どんなに体内時計が狂っていても 朝日を浴びることで調整されるのも周知のことですね
不夜城と化した都会の夜には もはや濃い暗闇すら存在せず
不規則になりがちな生活形態とともに ますます時間の感覚を狂わせていきます
生まれたばかりの朝日の力強いパワーと清新な浄化のエネルギーは
夜の間に淀んだ あらゆる闇の気配を駆逐(くちく)してくれるでしょう☆
2008-01-05(Sat)
リフレイン

くり返すことができる
あやまちをくり返すことができる
後悔をくり返すことができる
だがくり返すことはできない
人の命をくり返すことはできない
けれどくり返さねばならない
人の命は大事だとくり返さねばならない
命はくり返せないとくり返さねばならない
私たちはくり返すことができる
他人の死なら
私たちはくり返すことはできない
自分の死を
谷川 俊太郎 『くり返す』
「その他の落首」1968年
過(あやま)ちも後悔も失敗も…
何度繰り返しても この人生はいつでも やり直しがききます
二度と繰り返すことのできないはずの 自分の死や他人の命…
仮想現実がどんどんリアルになっていく世の中で その大前提のリアリティは
逆に薄められ 失われつつあるような気がします☆
2008-01-04(Fri)
果てなき道のゆくてに

いつも目標を定めずに 歩んできた
やすらぎにたどり着こうとも 思わなかった
わたしの前に続く道は 果てしないようにみえた
やがて わたしは気づいた
ただ同じ路上をめぐり歩いているにすぎないことに…
そして 旅に飽きた
その日 わたしは人生の分岐点にたどり着いたのだ
いまわたしは ためらいつつ 目標に向かって歩んでいく
ゆくての あらゆる途上に<死>が佇(たたず)んで
こちらに手をさしのべているのが わかっているから…
ヘルマン・ヘッセ「目標に向かって」
訳詩©Luminas 2008
Immer bin ich ohne Ziel gegangen,
wollte nie zu einer Rast gelangen,
meine Wege schienen ohne Ende.
Endlich sah ich, daß ich nur im Kreise
wanderte, und wurde müd der Reise.
Jener Tag war meines lebens Wende.
Zögernd geh ich nun dem Ziel entgegen,
denn ich weiß: Auf allen meinen Wegen
steht der Tod und bietet mir die Hände.
Hermann Hesse “Dem Ziel entgegen"
どのルートをとろうとも ゆくてに待ちかまえる<死>を視野に入れないなら
どんな旅も冒険も 同じ迷路を経めぐるだけの堂々巡りに終始するだけです
この旅の終着駅が<死>であることを見据えたとき
旅には目標や休息が生まれるのでしょう☆
2008-01-03(Thu)
北風が吹きすさぶ日

小鳥の胸毛に きいてみたい
にぎれば てのひらの中で
ふるえているカナリヤ
そのひとにぎりの 小さなぬくみ
にぎりしめて 死んじゃうくらい にぎりしめて
きいてみたい
―愛するって どんなこと どんなこと?
さむい風に 吹きちぎられそうになって
ハタハタ鳴ってる 天気予報の白い旗
ビュンビュンうなる電線や 噴水や
梢(こずえ)の小枝が ほそい指で
いっしょけんめい空をかいさぐっているケヤキの木に
すがりついてきいてみたい
―生きるって どんなこと どんなこと?
新川 和江 『北風がつよく吹く日のうた』
「新川和江全詩集」(花神社,2000年)
息を止めるのが いともたやすい 小さな命だからこそ
そのわずかな温もりや 小さな鼓動が 生の実感をこの手に伝えてきます
身も凍るような 寒風の吹きすさぶ日だからこそ
その中で 折れずに耐えている 裸木の細い小枝や
吹きちぎられずに はためいている旗や電線が 強さを感じさせます
生きる手応えも愛しさの手ざわりも
そうした小景の中にヒントがあるのかもしれません☆
2008-01-02(Wed)
純白を重ねて

雪がはげしく ふりつづける
雪の白さを こらえながら
欺(あざむ)きやすい 雪の白さ
誰もが信じる 雪の白さ
信じられている雪は せつない
どこに純白な心など あろう
どこに汚(よご)れぬ雪など あろう
雪がはげしく ふりつづける
うわべの白さで 輝きながら うわべの白さを こらえながら
雪は 汚れぬものとして いつまでも白いものとして
空の高みに生まれたのだ
その悲しみを どうふらそう
雪はひとたび ふりはじめると あとからあとから ふりつづく
雪の汚れを かくすため
純白を 花びらのように かさねていって あとからあとから かさねていって
雪の汚れを かくすのだ
雪がはげしく ふりつづける
雪はおのれを どうしたら 欺かないで生きられるだろう
それが もはや みずからの手に負えなくなってしまったかのように
雪ははげしく ふりつづける…
吉野 弘 『雪の日に』(後略)
「吉野 弘全詩集」(青土社)
さらさらと降りはじめ 屋根屋根を覆って積もりはじめたばかりの粉雪は
一点の曇りもなく真っ白です
けれども降りつづくうち やがて水分を含んで重い牡丹雪になると
降っているときから すでに白というより鈍(にび)色に曇り
溶けかけた路傍の雪は土に汚れ 足跡に汚され 薄汚なさを露呈してくるでしょう
それを急いで隠すかのように たえまなく空から落ちてくる雪片…
政治も宗教も 人が理想と信じて始めた行いはすべて
このようなものかもしれませんね☆
2008-01-01(Tue)
まっさらな頁を前に

これまでに
悔(くや)んでも悔みきれない傷あとを
いくつか しるしてしまった
もう どうにもならない
だが
これから
どうにかできる
書きこみのない
まっさらの頁(ページ)があるのだ
と思おう
それに
きょうこの日から
いっさいがっさい なにもかも
新しくはじめて
なにわるいことがある
川崎 洋 『これから』
「川崎 洋詩集」(ハルキ文庫)
永遠に汚れてしまった頁(ページ)なんてありません
書きこみは いつだって消すことも 書き直すこともできるのです
でも それには時間とそのページをひらく勇気が必要です
そんなとき まだ何の書きこみもない 真新しいページがあることは
また新たにやり直せるという希望を わたしたちに与えてくれます
新年とは そんな新たな希望の一頁でもありますね☆








