2008-10-14(Tue)
いのちの詩,光のことば
古今東西の詩集から,歌詞から,あるいは小説から… こころに響くことばたちを美しい写真とともに集めました. ひとつひとつがあなたへのメッセージとなりますように☆ Copyright © 2007-2008 Luminare&Luminas, All Rights Reserved.
2008-01-11(Fri)
分かれ道

まだ遅くはなかった,あの時なら
わたしは戻れたのだ
そうしたら 何事も起こらずにすんだのだ
そして すべては あの日がくる前のように
清く澄んで 濁らぬままでいられただろうに!
でも そうなるよりほか 仕方なかったのだ
来たるべくして その時は来た
一瞬に思える 息苦しいひとときが
そして 慌しい歩調で 青春のすべての輝きを奪い去っていった…
今さら 何ひとつ変えることもできない
ヘルマン・ヘッセ「あのとき」
訳詩©Luminas 2008
Es war noch Zeit; ich konnte gehn,
Und alles wäre ungeschehn,
Und alles wäre rein und klar,
Wie es vor jenem Tage war!
Es mußte sein. Die Stunde kam,
Die kurze, schwüle, und sie nahm
Unwandelbar mit jähem Schritt
Den ganzen Glanz der Jugend mit.
Hermann Hesse “Die Stunde"
だれの人生にもある種々の分岐点…
なかでも“もう一度やり直せるものなら…”という 痛恨のひとときは
何度たどっても 苦痛を新たに甦らせるでしょう
でも そうした痛恨のひとときを持たないことが 本当に幸せだったでしょうか?
もしも やり直せる機会があったとして 結局 同じ結末を選んだかもしれません
そうした蹉跌(さてつ)が あなたの人生に置かれることが
そのとき必要だったとしたら…☆
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「打開か?」「現状維持か?」苦しい選択の末、それでもたくさんの大切なものを置き去りにして、後ろ髪引かれながらも「いまここ」を選択した自分。
戻りたくなる衝動にかられるごとに失われていった自分の力。実は戻りたいと思っているのは「あのとき」ではなく、「あのとき」に持っていた意識レベルというか個人的な力を取り戻したいだけなのかも知れません。
そして解説にある「蹉跌」は遅かれ早かれ置かれるべきことだったのかも知れません。
何年も経って、ようやく、そうだったのかなと思うようになりました。
戻りたくなる衝動にかられるごとに失われていった自分の力。実は戻りたいと思っているのは「あのとき」ではなく、「あのとき」に持っていた意識レベルというか個人的な力を取り戻したいだけなのかも知れません。
そして解説にある「蹉跌」は遅かれ早かれ置かれるべきことだったのかも知れません。
何年も経って、ようやく、そうだったのかなと思うようになりました。
「あのとき」からの解放
人生の途上に置かれた蹉跌や挫折を呑み下して先に進むことは,本当に難しいことですね.
けれども、そこから離脱できれば、繰り返し「あのとき」の周辺を反芻することによってその時点に封じ込められていた自分のエネルギーと力を,「いまここ」に取り戻すことができるのでしょう.
どんな痛恨の出来事であれ,その選択があったればこその「いま」なのだと心から納得できたときが,過去からの解放のときなのでしょうね☆
けれども、そこから離脱できれば、繰り返し「あのとき」の周辺を反芻することによってその時点に封じ込められていた自分のエネルギーと力を,「いまここ」に取り戻すことができるのでしょう.
どんな痛恨の出来事であれ,その選択があったればこその「いま」なのだと心から納得できたときが,過去からの解放のときなのでしょうね☆


